2016-07-07

自 分 ら し さ








これは自分が二十歳とかそれぐらいの時に、美大の予備校で作ったものです。

建築、インテリア、ランドスケープ、とかの「空間デザイン」をする為の

基礎的な感覚を磨くのに、こういうのをたくさん作りました。

立体物を構築する時って、360度、上下、右左、ぐるっと色んな面から

考えて、調節して、やっとまとめ上げていくんです。

だから一部分動かすと、

あっちもこっちもまた微妙に動かしてっていうもの繰り返します。

あとは形が持ってる動きとか流れを、大きな流れにまとめ上げることもします。

っていうと意味不明かもしれないんですど、

例えば、サッカーの監督になったことを想像するとすごく似ている気がします。

プレーヤーのポジショニングとか、一人が微妙に後ろ過ぎたりするだけで、

きっとゴールまでの一個一個のパスが少しずつ少しずつズレて、最後は大きなズレになる

みたいなことあるんじゃないですかね?サッカーやらないから想像ですけど 笑

あとは、プレーヤーそれぞれ違う動きをしていても、実はゴールまでのどーんって大きな

流れの中で動いていたりする、、、みたいなことあるんじゃないかな?

それに似ている気がします。

そうやって、どこから見ても美しく合理的な、形を追求する!

そんなことばっかやってました。

二個目の写真のやつとかは、テクノ音楽を聴きながら形を作ったんです。

ループする感じと、音がツクツクツクって鳴ってる感じ、伝わるかな?。。


こういうのを経て、今は音を構築するのにすごく役立ってます。

あとは、形の印象から始まって、色の印象、言葉の印象、音色の印象、響の印象、

そうやって、体の中に隠れてる感覚や思い出の感覚を呼び起こしたり、

例えば、白くてふわふわしたもの → 思い出の白いセーター → それを着て台所で雑誌をめ

くるお母さん →  コーヒーをすすってる → 寒い冬 

そうやって一つの印象から、色んな懐かしい感覚が蘇ることってあると思います。

今は音楽を作りながら、そんなことを考えたりもします。


今でも時々絵を描いたりもします。

ものを創ってると、本当に何も欲しくなくなる。

一人黙々と創って、時間があっという間に過ぎます。

入り込んじゃって、帰ってこれなくなるんです。


私が一番好きな服は、ジーパンとTシャツです。何でも出来るからです。

地べたに座って、黙々と作業も出来るし。


昔、もうひらひらの服は着たくないんです!って

映像監督さんに相談したこともありました。

それでその監督さんが教えてくれました。

「過剰なことはもちろんしなくていいけど、

視覚で ” 魅せる” ってことも作品には必要なんじゃないかな?」って。

それでやっと納得しました。


私は、音楽を通して人と関わることの素晴らしさを教えてもらっている気がします。

私が芸術家になってたら、

何の感動も共有出来ずに寂しく死んでたなと思ったりもします。笑

自分の中で培った感覚を使って、歌って、音楽にすることで、

人の温もりを知って、子供たちの素晴らしさを知って、人として感動できる。



でも、根本的にこういう自分がいるからこそなんだなと改めて思いました。



春奈と離れて、それぞれで活動していると自分らしさっていうのが

更に出てくるようになった気がします。

この前福岡に行った時、台所にパソコン持ち込んで、

料理しながら手際よくパソコンを打ってる彼女を見た時、

「あっ、春奈だ!」って思いました。

国連で働きたいっていう夢を持って、

生徒会長やったり、スクールショップの店長をやったりしてた

高校生の頃の春奈を垣間見た気がしました。



変わっていってるんじゃなくて、

それぞれがらしくあろうと頑張ってるのかな。

そんなふうに思っています。