2018-09-18

またね!





ツアーお疲れさまでした!


アルバムリリースのお知らせも出来たし、各地で久々の人たちにも会えたし、


元気をもらえた。


ちゃんと覚えていてくれて、会いに来てくれて、なんてありがたい。


私が19歳の時に出会って、お世話になった人も、


いろんな人生の変化を経て、今はお母さんになって、


こうしてまた会えて、またふざけた話しをして笑ってる。


どんな道を選んでも、迷いながらあっち行ったりこっち行ったりしてても、


結局辿り着く場所が私にもある。


そこで今の自分自身を確認したら、また立ち上がって出発する。


また必ず会いたいと思う気持ちが、背中を押してくれます。



 

2018-08-31

正直な話



本心は、


変えようとしても、なかなか変えられない。


本当の事は、いくら捻じ曲げてみても、


変えられないのかもしれない。 そんな風に感じる。


私が自分の夢を諦められないのと同じように、


何度寂しい思いをしようと、理性を持って大人になろうとしても、


どうしたって否定できない気持ちがある。


過去は変えられない。その延長に今があるから、否定できない。


そんなふうに、今を大事に大切にできたらと思う。


So,   let it be!


And let's see what will happen.


This is the only way I know for now.




2018-08-24

作品



オノ・ヨーコの展示を広島の現代美術館でみた。


もう何年も前のことだけど、感動した。


「的確で無駄が全然ない」 当時そんなふうに感じて、


それをまわりに一生懸命説明したんだけど、


あんまり反応が無かったから、そのまま胸にしまっておいた。


でも感動した。


もやもや、色んな考えを巡らせて長い間悩み続けると、


時々、行き着くところまで行ったのか、


突然周りの雑音が消えて、


ふと本当のことに達するような、核の部分に触れるような、そんな感覚になる。


彼女の作品のシンプルさには、そんなものを感じた。


まっすぐに、静かに、脳天に突き刺さる感じ。 


他の人はどう感じるかは分からないけれど。 


展示で作品をまとめて見るまでは、訳の分からない人だと思ってたし。



その後、ネットの記事だったと思う。ジョンレノンとのエピーソードを読んだ。


初めてオノヨーコの展示を見に行った時、彼は冷やかし半分だったらしい。


有名な話なのかもしれないけど、ある作品を見て変わった。




白い脚立を上っていくと上から虫眼鏡がぶら下がっていて、


それで天井を覗き込むと、小さく「Yes」って書いてあるのを見つけることができる。


私は実物を見たことがないから、想像してみる。


脚立を1段1段上がっていく時って、少しドキドキする、慎重になる。


でも少しずつ上がっていく感じ、自分の力で。


やっと上まで行けたけど、それでもまだ分からない、何も見えない。


真っ白く広がる天井を、虫眼鏡で覗きこむ。


学者さんの探究心かもしれないし、


夏休みの自由研究をする子供の気持ちかもしれない。


あっ、、、そこでやっと見つける。


目に入ってくる、小さな「Yes」。


ふふっと笑ってしまうかもしれない。小さな高揚感。


そして、何も言わずニヤニヤしながら脚立を降りていく。


誰かが不思議そうに見てきたら、


「ちょっといいことがあっただけ。」と答えるかもしれない。


これは、本当にただの私の想像。


でも、こういう一連の心の動きって、生活の中で体験することがあると思う。


きっかけや、やってることは違っても。



ドキドキしながら、自分の力で探し求めた先で、


誰かが、もしくわ運命が、小さく頷いてくれたら。


そんな嬉しいことはない。





答えはいつも「Yes」。







2018-08-21

月 と 雲




引っ越してきて、一番楽しめていることは


ベランダが広くなったこと。


洗濯物を取り込もうと外に出たら、いい風が吹いていて、


少しの間、ぼーっとしてしまう。今日なんか特に。


風が強いから、雲があっという間に流されていくけど、


お月さんや星は、ゆったりと、自分たちのタイミングで輝いている。


私の生活も、あっという間に変わっていった。今日の雲みたいに。


流されて、流されて。


地球上のものは、時間と共にあったいう間だ。


でもそれが、美しかったりする。  刹那というか。


宇宙に比べれば、あっという間の輝き。


Kanataさんと飲んでるとき、ふと聞かれた。「戻りたいと思わないの?」って。


本当は、戻れるものなら戻りたい。


でもそれは不可能だといことを心でちゃんとわかっているから、


今、自分の目の前にあるものを大切にしようと思える。



けれど、


本当に変わらないモノもあることを、同時に学んでいたりする。


それは、宇宙の大きさくらいの広い視野で、周りを眺めてみた時に思う。




小さい頃、心がいつもメラメラしていた。


真っ赤に燃える、鉄の塊がいつも胸のところにあるような、そんな感覚。


それは、何か理不尽なことや、


理由が和からないこと、


つじつまの合わないことを経験する度に重くなっていった。



けれど、はじめて外国を訪れたとき、


その真っ赤な重しから少し解放されたのを覚えている。


自分の知らない世界がまだまだ、まだまだあるんだと。




次にあった大きな転換期は、あの地震の後だったとおもう。


自分がしがみついていたものが、すべて崩れた。崩壊した。



でもその後に自然と残ったのは、音楽を続けたいという気持ちだった。


それが全てになった。


この先の、未来の自分への答えになるだろうという確信があった。




流されて、流されて、不安な気持ちは尽きない。


けれど、どこかで絶対変わらないものを知っているような気もしている。




夜空がとても綺麗です。









2018-08-20

深夜のお茶会




昨日は、お誕生日ケーキと頂き物の中国茶を


私ももらいながら、


深くまで色んなこと喋ってました。


閉まった後のお店で、女子会的な感じです。


全然腑に落ちなくて、もやもやした映画のはなしとか、


オルチャンメイクの話しとか、大阪人の話しとか、不審者の話しとか、


話題はごちゃごちゃで、


でも真面目な話は今は別にいいやって感じで、


あくびしながら、甘いものをつついて、


二番茶入れてみたら、味が薄過ぎて、


それでまた笑ってました。




想像してみる





時々、人が持っている感性に驚かされる。


私には見えない景色がその人の目には映っていて、


それはとても尊いなと思う。


分かる、分かるよ、なんて言って軽く流してしまえないくらい。


孤独に感じることもたまにあるんだろうけど、


その人しか知らない真実がそこにあって、


ワクワクさせられる。





2018-08-18

ポエム




今日、中国の人としゃべる機会があった。


何か中国語でメモを書いていたから、


「さっき何を書いてたの?」って聞いてみたら


「光あれ」って書いたんだよと言っていた。


自分はクリスチャンではないけれど、クリスチャンの友達に教えてもらったって。


神様がこの世に光を作った時に唱えた言葉。


何かに感動した時、そんな気持ちになるらしい。


本当は詩でも書けたらよかったけどと、恥ずかしそうに教えてくれた。




「光あれ」